モデルウオーキングスクールINNOCENT主宰宮川真衣の日記


by innocent-non
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雲仙普賢岳♪ 8・22

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夏休みといえば頭の痛い子供達の山盛りの宿題達(>_<)

なかでも自由研究は親のための宿題?みたいな…

毎年 毎年最後まで手付かずで残ってしまってどうする〜?とドキドキ

長男から数えるといったいいくつの作品を手伝ったでしょう!

でも そんな夏休みの自由研究もついに今年が最後です(嬉しいやら寂しいやら)

夏休みに入ってすぐ京都の両親が遊びに来てくれた時

長崎の温泉帰りによった「雲仙災害記念館がまだすドーム」

普賢岳の大噴火の時に起こった様々な出来事や爪跡を残した資料館で

夏休みの課題は火山について調べる事が決まりました

平成2年11月 雲仙火山は198年ぶりに噴火を始めました

当時ワイドショーではこの普賢岳の様子が次々に伝えられ

火砕流や土石流の映像は皆さんの記憶にも残っているのではないでしょうか…

そして定点と言われた場所で報道陣や村の人達が火砕流に巻き込まれ

43人という死者を出した自然の脅威…

娘と一緒に火山について調べるうちに 当時の事をいろいろ思い出しました

そして 今日はもう一度娘のために日帰りで普賢岳へ…

お昼ご飯を食べに入ったのは島原の名物「具雑煮」で有名なお店

3枚目の写真が「具雑煮」です♪

お餅の他にたくさんの野菜・かまぼこ・ちくわ・高野豆腐・穴子等が入ってます

島原の乱で天草四郎が戦いの前に兵士に食べさせたのが発祥だとか…

この具雑煮めっちゃ美味しかったんですけどね

出てくるまでにすご〜い時間がかかりました(T_T)

その間にお店の大将がいろんな話をしてくれました

火砕流は噴火が終息するまでの間に約950回あった事

火砕流はまず空から小さな小石がバラバラ降って来た事

火砕流の中には稲光があちこちに走っていた事

火山灰はすぐに降り積もりワイパー程度では落ちなかった事

定点での犠牲者はホントは44名になるはずだったが

たまたまその日虹が出て別の場所に撮影に行って助かったカメラマンがいた事等々

2枚目の写真は普賢岳が最初に噴煙を上げた時に飛び散った溶岩だとか

そして天草四郎の名字はますださんだという話まで…σ(^-^;)

資料館ではわからない話が聞けてためになりました♪

いなり寿司のおまけまで頂いて「江戸新」のお父さんありがとうございました(^-^)/

平成2年11月から平成8年6月終息宣言までの約5年半に及んだ噴火活動

13年たった今島原の街は復興していましたが

普賢岳には平成新山という新たな盛り上がりができ山の周囲が一変しました

火砕流が流れた場所にはポツリポツリと木が生えていましたが

山の姿に戻るまではまだまだ時間がかかりそうです



さあ…夏休みも終了までのカウントダウンが始まりました!

あともう少し…もう少し〜(笑)
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by innocent-non | 2009-08-23 13:57 | プライベート